ずっと躊躇して書けなかったレポートがやっとできあがりました。
『日本語教育史』 採点人の先生が私が苦手な先生だったからなのです。いろいろ提出までに構成など考え込んでしまったのです。
もう分かってしまったので、レポート提出の必要もないと思ってしまった。
教科書だけの内容からレポートを作ったのですが、たぶん不十分と言われそうだったので
いろいろな専門学校で教えていらして、たぶんこの業界の道筋を作った方なのでしょうが、私は、スクーリングに出てもどうもその先生の授業が受け入れられないというか・・・
でも戦える経験を持っているわけではないので、単にそれだけなのですが。
内容はオーディオリンガルの方法に関することでした。今でもかなりオーディオリンガルは用いられているようですね。
代入練習
(例)私は今日宿題をします(新文型の提示)
生徒;僕は今日バイトをします。(復唱)
教師; 受験 (新しい言葉の提起)
生徒;私は来年東京大学を受験します。
教師; 秋
生徒;私は秋にふるさとに一次帰国します。
というのをいろいろな単語を与えて言わせていくやり方
そのほかには『転換練習』というものがあります。
(例) 教師の指示として
「この文章を命令系にしてください。」のように与えます。
教師:学校に行きました。
生徒:学校に行きなさい。
『応答練習』というものがあります。
(例)教師の指示・・・「私の質問に対してはい、いいえではなくこたえてください」
教師;きのうなにを食べましたか?
生徒;カレーライスを食べました
教師;誰が作ったのですか
生徒;ホームステイ先のお母さんです
こんなのが元々は、アメリカ人が考えたオーディオリンガルメソッドから来ています。
日本人が、アメリカの真似をして国を作ったと言われる所以です。でも、日本語教育のやり方に関しては、
戦前に取られていた方法(台湾統治時代)の方が優れていたような気がしますが、時代とともにそういう拘束するようなやり方は、モラルとしてゆるされなかったのでしょうね。
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