2010年11月20日土曜日

美智子皇后と雅子妃

美智子皇后と雅子妃 (文春新書)
福田 和也
文藝春秋
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読了。以前週刊文春で著者の文章を読んでいましたが、著者は 「開かれた皇室」の路線の行き詰まりが、雅子妃を病気に追い込んだという解釈で書かれていることに私も同調できるような気がしました。
  天皇陛下が美智子妃殿下と結婚された当時はGHQの元に昭和天皇自身が後ろ盾になって改革が断行されていたこと、民間からのお輿入れということでいじめや批判はあったけれども、それでも天皇家存続のためには民間に近くなる以外に手立てがなかったことで自体の象徴として天皇家に受け入れられた。幼少期に敗戦を迎え男はみんな殺されるという噂の元に働き盛りの父親世代のオトコたちがし正気でなかったものをかいま見ながら育ってきたのが、天皇陛下世代の方々でありそこから反抗するということは死を意味する世代であったということです。
皇太子殿下のご成長時代も母子密着の第一世代として母親の期待に答えることを第一にしてきた子供たちであったのである。 父親や母親の期待のもと、優秀でキャリアウーマンという女性を迎えた末に愛する人を病に葬る結果になってしまっていること。は本当にお可哀想にと思います。結局
本の中にもあるように「メディアを舞台として、皇太子が苦を訴え、それに弟君があたかも皇太子の批判を陛下に向けられた攻撃であるかのように受け止めて反撃し、その上天皇ご自身が「理解しきれぬ」と突き放す光景は戦りく的なものであった言った皇室に何が怒っているのかこのような形でおうしゅうしなければならないほどの亀裂が存在しているのか国民の前でこんなやりとりをなさることが時代の要請にかなっているとお考えになっているのか。そしてまた、陛下と弟君に批判された皇太子ご夫妻のお気持ちは以下ばかりだろうか。」皇太子殿下はその後愛子内親王が元気に学校にかよっておられるという記者発表の後、宮内庁に愛子内親王が不登校に陥っていることが発表されてしまう、内在する問題は収まりきらないで病気とともに家族でお苦しみになられている姿が推察される。
日本の天皇は農耕民族の幸せを祈る神として存在しているらしいけれども、それ自体が現代すでに崩れてしまい人口の約90パーセントは農業以外の仕事に付いているわけなので、宮中祭祀で次世代の天皇皇后に祈ってもらう必要もないと思う。
   
雅子妃の時代には別の存在になり得なければ存在意義がないとされるならば、雅子妃はとにかくこのご病気を一日も早く治されて自分の為に生きればいいと思う。それだけで雅子妃は私たちの希望になります。普通の人は自殺を選んだりしていますから。もしプライバシーを詮索されることがお辛いのならば、離婚→海外で静養というのもいいと思う。私たちの世代の人間は民間人だって伝統を守ることをそれほど重んじてはいないのではないでしょうか?雅子さま自身が、究極的な選択をなさらないということは、病気を直して伝統を継承しようと努力されていることの証なんでしょうね。時折漏れてくるフランス料理での夕食会やらご静養でのご様子やいいのではないかと思うのですが。逆に愛子内親王が相撲がお好きと聞いて逆にそんな伝統文化が好きになるきっかけもあったのかととてもびっくりしてていました。

この本についていた巻末資料紀宮様の 平成17年4月18日の回答についてもやはり嫁に行かれるご自分のことよりも陛下のお立場強くを案じておられますがその終わりとして、こんなことが書かれていました。
「皇后さまが経てこられたたくさんの悲しみがあり未だに言えない傷みをももっておられるのではないかと感じられることもあります。そのようなことを経られても、皇后さまが常に人々に対して開けたおこころと信頼感を失われないことを時に不思議に感じていました。悲しみの中で「人は一人一人自分の人生を生きているので他人が十分に理解したり、手助けしたりできない部分を持って生活していると思う。そうした部分に立ち入るのではなくてそうやって皆が生きているのだという事実をいつも心に留めてお会いするようにしています。」というくだりについては、そういうお心を切り捨てずに継承して差し上げるのがやはり嫁の務めなのかもしれません。
雅子妃はそれには適役の方ではないかと思うのですが、半分はベールに包まれているので、あれこれ詮索されて書かれてしまうことことが問題の一端であるのではないでしょうか。

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