寝ながらベットの中で読んだんですが、日本に来る前の22年間の思い出を、写真や料理とともに語られていますが、中国はやはりこの文革の時代があったからこそ、食べることにあれほどこだわりまた、ありえないほどの強いエネルギーで生きていられるのでしょう。特に著者のご両親は先生だったので下放させられた経験があり、下放させられるまでは、五人兄弟の中の四番目として街の中で育てられた彼女にとっては、計画経済の中「糧票」という切符によって、米や、小麦は配給制だった経験が詳しく書かれている。しかしながら十分に食べられた記憶はないようだ。私たちはそれほど豊かに育てられたわけではないが、小麦や米を手に入れることに事欠くような暮らしは今まで一度もしたことがないと思う。そういう意味においては日本人が戦時中、戦後と経験した食料不足がどんなものだったのかこの本から垣間見ることができるだろう。
また下放させられても、表面的には従うが その政府の政策によって人間思想が変わることなんてない決してのだ。日本の士農工商政策と同じようなことだ。表面的に身分を変えたからと言ってたちまちその人々の立場が変わるなんていうことは決してないのだ。特に階級や身分を落とされるときには。逆に農民で文化をなにも与えられずに育った貧しい人間が新しい知識を吸収することはそんなに安々と出来ることではないのだ。特に家族意識が強い中国では下放させられても家族の結束連帯感は強いが、政策によって「大鍋飯」で食う制度になっても平等に人に分けるという意識がなく、食事の遅い女性や子供はいつも食料不足にあえいでいたようだ。文化大革命によって、中国人の思想を変えることが結局できなかったのだ。革命が終わっても、街の人間は街に逃げるようにして帰っただけだったのだ。思想改造しようとしても、脳は結局自分の過去をや経験を置き去りにしては改造することは不可能なのだ。地域によって言葉も違い、肥沃な土地はなく電気も通っていないような地域に生まれ育った子供たちがもっと幸せになれるシステムを早く中国には作ってもらいたいです。

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