2005年11月6日日曜日

Deep Love アユの物語

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援助交際をしていた17歳の少女が老人や、自分よりもさらに過酷な状況にさらされている男と出会うことによって、本来の自分が呼び戻され、生命力を取り戻すかもやしれないときに、エイズにかかり、なくなってしまうという話。
  
  正直、こういう子って渋谷の街に本当にいるのではないかと思いました。そして怪しい男たちも。でもこんな行為のために男たちは1回5万円もはらうのですか?そして、そんなリスクを冒して稼いだお金でただブランドバックを買って、それも偽物かもしれない。中国にこれだけ偽物がはびこっているのですから日本に入ってきていないわけがないですよ。とにかく何でも偽物があります。自分の欲望を満たしている女の子。

 渋谷って少女たちにとってはいまでもとても特殊な街でしょうね。私も高校生のころはやはり渋谷に行くことに憧れていました。時たまサークル活動などで参加できるのが嬉しかったような??
 そんな私の時代のお姉さんも、このドラマの中に出てきました。服が、ボディコン時代の服なのですね。確かに今はあんな格好をする人はいないかもしれません。でもそんな早い流行の為に自分の大切な体を売ってすり減らすのが本当に幸せなんでしょうか?
  
  やはりあまりにも、過激な描写ですから主人公を演じてくれる女の子は素人さんみたいな子しかみつからなかったのでしょうか?演技力は本当にみんなが書いているようにとてもお粗末です。それにしてもこういう物を地上派電波で流しても良いのでしょうか。私は反対です。過激なベットシーンが多い割に、突然エイズで死んでしまったりする。若い子は、いろいろなメディアを通して知識を押しつけられるのは嫌なのでしょうが、でももうちょっとまともに書いても良いのではないでしょうか?彼氏のお父さんとエッチしてしまうところなんて別に、あんなに露骨に撮影しなくても良いのではないでしょうか?大人が、裏切るから素直なアユちゃんが、エイズになってしまった。という表現なのでしょうか?でも私は、彼を好きになった次点で、アユちゃんはすでに変わっていたはずでは?頭の血管はどうかしていると思いました。正直、お父さんとの関係を拒むように書くべきだったのでは?あんなお父さんが素直に謝るはずもないのが現実です。原作はともあれ、テレビでは、絶対に希望のない結末を書いても何の意味もないのでは?あれでは「アユちゃんはただ大人に犠牲にされた」という印象しか残りません。

 日本の女の子は根が優しくて、嫌なことを嫌だと言えないおとなしい子が多いと思います。どうすればそういう子が、凶暴な大人たちに立ち向かえるかを書くべきではないのでしょうか?その結論が分からないから、ああいうストーリーになっちゃうんでしょうかね?私はアユちゃんは無駄死にしたとしか思えませんでした。

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