2011年8月20日土曜日

国家の品格 読みました

国家の品格 (新潮新書)
国家の品格 (新潮新書)
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藤原 正彦
新潮社
売り上げランキング: 361

 

 

 

今でもこの書籍すごい売り上げのある書籍なのですね。

驚きました。そんなにいい本ですか?これが???藤原氏はアメリカの大学で教えた経験がある方だそうですが、アメリカかぶれで日本に戻ってきたときには日本では
同じやり方をしていると合わず論理の力を疑い、「情緒」とか「形」というものの意義を考えるようになったそうです。

脇で見てる奥様は著者の話について「誤りと勘違い、大風呂敷と誇張だ。」とおっしゃっているそうですが、私自身もこの本を読んでそう思いました。


優秀な人材を生み出すためには第一に美しい自然がある。第二に、神や仏や自然に脆く心がある。それから三番目に、役に立つものとか金銭を低く見る風土がある。

というようなことが重要だと述べておられます。で日本にはそれがあるのだそうです。

そして著者は米国式の暮らし向きでもなく英国式の暮らし向きを支持しておられるようです

158ページに 戦後の日本は一貫して高い経済成長を遂げてきました。そして我々の暮らしは非常に 豊かになった。
これが歴史上まれなサクセス・ストーリーであったことは間違いありません。
そこに異を唱えるつもりはない。 しかし、繁栄の代悩に失ったものは、あまりにも大きかった。「国家の品格」が格段しつついに失墜したからです。

と書かれていますが本当に失墜したのでしょうか。私は逆に一部の人間を覗いては品位は上がってきているように思います。

それに封建社会時代(松尾芭蕉、近松門左衛門)の文学を読んで慣れ親しんでおくことが成長するためにさして 必要なことだとも私には思えません。

彼らは彼らの時代を生きてそのどうにもならない苦境の中から名作が生まれたのではないでしょうか?

源氏物語から始まって日本の文学の根底はすべて そうではないでしょうか?逃げたいけれどどうにもならない現実。
それが上手く切り取られているからこそ、時代を代表する文学なのではないでしょうか。

テレビや電話がが一般家庭に普及したことでいろいろなタイプの人間がいることが知られただけであって、今も昔も人は変わっていないのではないかと思います。

逆に人間の品格は上がっているのではないかと思うことも多いですが。但し品格を保とうとするとハングリー精神は奪われるとおもいます。それほど対局にあるものだと思います

私が教育を受けた時代と同じ教育を今でもやっていること・・・小学校ならまだしも、中学校、高校など本当にそのままで日本の国力を維持していけるのかどうかは疑問です。高度経済成長期に
日本に工場があった時代だったならば、計算力があり、識字力が高くて丁寧に物事をやれる能力が備わっていれば良かったと思います。でも社会ではもうすでにもっと違うことがどんどん要求されています

 小学校から語学をやることに反対異議を 唱えておられますが、学者ならば、きっと論文をお書きになると思いますが、
論文は英語で書かなければ世間で認められませんよね。
もしもその人が特別な才能を持っていてもそのツール(英語で表現するという能力)がないがために発表する機会を失ってしまったり そのような不利益きっと沢山あるはずなのに、
そういうことは著者のような特権階級の方に任せればいいということなのでしょうか? 言葉は別にツールなのですから、出来るのなら何カ国語も物にしておいて損はないと思います。

学者でなくサラリーマンになるならばそれだけで仕事の領域は何倍にも広がるはずです 。

国としての品格を保っていくためにはその立場立場で(上へ行けば行くほど)、品位を保つ教育がなされなければならないはずです。でも少なくともその品位は低いですよね日本は。
例えば、医者が、金で臓器を買ったり、今問題になっている原発のような仕事をしている人たちの品格は私は最低だと思っています。
 
確かにアメリカのように子供のうちから株式投資のやり方を教えたりそれはどうかなと思いますが、
余程の資産家以外生きて行くということは普通生きるための金を稼ぐということなのではないでしょうか?

東日本大震災を見ていても思いますが清貧を国民に要求するのは酷だと思います。

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